『五 花 街』
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『島 原』
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「祇園甲部」
京都市東山区花見小路通四条下ル

「先斗町」
京都市中京区先斗町三条下ル

「上七軒」
京都市上京区御前通今出川上ル

「宮川町」
京都市東山区宮川筋四丁目306

「祇園東」
京都市東山区祇園町北側319

(財)京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)
   〒605−0074
京都市東山区祇園町南側570番地の2 
弥栄会館 電話 (075)561−3901
       FAX (075)561−3860
※上記の連絡先等についてのお問合せは、当方では行っておりません、各花町歌舞会にお問合せください、悪しからずご理解下さい。
「花街のいろは」
『五花街と舞妓さんの始まり』
  
舞妓さんの始まりは、今から遡ること、約三百年前、当時水茶屋で働いていた「茶汲女」や「茶点女」が始まりだと言われております。
最初は参詣人にお茶をふるまう程度だった水茶屋も、やがてお茶がお酒になり茶汲女や茶点女が歌を聞かせ舞を見せるようになり永い年月を経て現在の舞妓、芸妓になったと言われております。
基本的に、舞妓は、芸の修練期間が浅いため「立方(たちがた)」を担当し、芸妓は、「地方(じがた)」を担当します。「立方」とは、舞を舞う方を指し、「地方」は歌を歌ったり三味線を弾いたりする方を指します。また、修練期間の浅い妓を関西では舞妓と呼んでいますが、関東では、半玉(はんぎょく)と呼ばれています。

現在、京都には、上七軒、祇園東、先斗町、祇園甲部、宮川町、嶋原の六つの花街がありますが、舞妓さんがいる花街は最初の「五花街」で、嶋原の花街には、太夫(たゆう)さんがおります。
八坂神社門前の水茶屋に起源を持つ祇園(後に祇園甲部と祇園東に分かれる)、歌舞伎とつながりの深い宮川町、北野天満宮前の水茶屋に始まる上七軒、鴨川と高瀬川の間にあり、舟運の要所として栄えた先斗町、とそれぞれの歴史、文化を持ち、今日までその伝統を伝えています。
『舞妓さん・芸妓さん』
  
舞妓さんは、旅行のパンフレットや絵葉書などで知っている方は多いのですが、「舞妓さんと芸妓さんの違いは?」と聞かれると考えてしまう人も、多いのではないでしょか。
基本的に芸妓さんになる前の修練期間(5〜6年)を一般的に「舞妓さん」と呼び、この期間に、一通りの舞や三味線、おはやしなどを勉強します。よって、いきなり芸妓さんになることは出来ません。また、舞妓になる前の半年〜1年間を「仕込みさん」と呼び、この期間に芸事の稽古、京言葉や行儀作法などの基本的な事を学びます。戦前は、12歳位から舞妓になれましたが、現在は、義務教育を終えてからでないと舞妓になれません。舞妓になる前に、仕込み・見習いの期間(約1年間)に行儀作法や舞いなどを学び、舞妓としてデビュー(店出し)します。
舞妓は、芸妓になるための修行期間とも言える。日々、舞や芸事のお稽古と、大切なお座敷でのお客の接待を先輩の芸妓(おねえ)さんから学び、平均して4〜5年ほどで芸妓(衿替え)となる場合が多いが、年齢的なケースで舞妓を経験しないで、芸妓になる場合もまれにあります。もちろん、先に述べた、舞や芸事の修練を欠かすことはありません。

現在、京都には約300人の舞妓さん、芸妓さんがいると言われていますがこの数は年々減っているそうです。
『芸妓さんになるまで』

芸妓さんになる為には、前章で説明した通りの期間がありますがここでもう少し勉強しましょう。

まず、舞妓さんになる為には、それぞれの置屋さんに入り「仕込みさん」という期間を過ごします。この期間は、前章の通り半年〜1年程度、舞妓になるための基本的な事柄をしっかり学びます。(芸事の稽古、京言葉や行儀作法など)ある程度、芸事や作法が身に付くと、今後引いてくれる(指導してくれる)お姉さんが決まり、「見習いさん」としてお姉さんと一緒にお座敷に出られるようになります。この時期にお座敷での作法や、お客さんの接待の仕方などを学ぶ訳です。その後「店出し」と言うお披露目をして正式に「舞妓さん」としてデビューします。(見習いさんの間は、帯は「半だら」にして髪は、若い舞妓の「割れしのぶ」に結い、見習い用のかんざしをつけます。)店出しをすると帯は「半だら」から「だらり」の帯に変わりますが髪形は、最初の数年は、「割れしのぶ」で、紅も下唇しかぬりません。また半衿も赤い衿をします。

晴れて舞妓さんになると、今度は他の舞妓さんと一緒に舞や三味線、おはやしなどのお勉強をします。この時期の舞妓さんの一日はというと花街によって多少違いはありますが、午前はお稽古事を行い午後は少し休みを頂いて夕方からお座敷に出る支度を行い各々のお座敷へ向かいます。

舞妓さんも2〜3年を過ぎると「髷(わげ)かえ」といって髪形が「割れしのぶ」から「ふく髷(おふく)」に変わります。また半衿も華やかな赤い衿から白の半衿へと変わりかんざしなども芸妓さんぽくなってきます。この儀式も昔は、ある特定の旦那が付いた時に行っていたそうですが最近では、適当な年齢を向かえた時に行っているそうです。

長い修練期間も終わりに近づくと髪形も「ふく髷」から「先笄」に変わりそれから数日後、襟替えのお披露目をし、晴れて芸妓さんとなるのです。(舞妓さんは、自分の髪で結い上げますが、芸妓さんは、かつらをかぶります)

この「先笄」という髪形は、舞妓から芸妓にかわる数日間(1週間〜10日)の間しか結うことがなく、また自分の髪で結い上げる舞妓時代最後の髪形なので舞妓さんにとっては思い出深い髪形ともいえるでしょう。
『舞妓さんの様装』

「だらりの帯」
舞妓さんと聞いて連想する物の一つに、小唄にも歌われている「だらりの帯」があります。この帯は普通の帯より少し長く、舞妓さん特有の帯とも言えまが、この帯を絞めるには大変な力を必要とする為、昔から男衆といわれる男性が着付けを担当します。ちなみにだらりの帯は丸帯の一種で普通の帯より長さや幅が広く、舞妓さんの帯には各々、所属の置屋さんの印が織り込まれています。

「舞妓さんの髷」
髪形は、舞妓の場合、自分の髪で結い上げますが、種類もたくさんあり、普段よく見かける髷には、「割れしのぶ」や「ふく髷(おふく)」がありますが、これ以外にも祇園祭の時に結う「勝山」や、正月や八朔の時に結う「奴島田」、年長の舞妓が最後に結う「先笄」があります。

「かんざし」
かんざしは、月によってさまざまで、二月は「梅」、四月は「桜」、十月は「菊」といった感じに四季おりおりの花をあしらっています。ちなみに、めずらしいかんざしとして「稲穂」のかんざしがありますが、これは、年初めや「花街の始業式」などにつけます。

「裾引き」と「からげ」
裾引きは、お引きずりの着物で、帯から下の裾までの部分を褄と呼ぶ。
からげは、お引きずりでない普通の着物。「そんなり」ともいうお座敷以外の外出用。小紋、色無地、つむぎ、絞りなど。
『お茶屋さん』

「お茶屋と料理屋」
祇園と言えば「舞妓さん」、でもちょっと通な方なら「お茶屋さん」という言葉が思い浮かぶのではないでしょうか。
でも「お茶屋さん」とは、いったいどんな所なのでしょう?
古風な感じの「料亭」?それとも「料理屋」?実はどちらでもないのです。
普通、「料亭」や「料理屋」は、調理場で料理してお客さんに出すのに対し、お茶屋は、決してその場で料理したり裁いたりはしません。お茶屋さんで出てくる料理は、全て仕出しや出前なのです。簡単に言ったら「お座敷を貸してくれるお店」と言った所でしょうか。
『舞妓さんの言葉』

一番最初につこうてた言葉は、「おおきに」と「おたのもうします」。出た時分はその2つが言えれば、なんとかなりました。お客さんやおかあさんが何か言わはったら「おおきに」で、最後に「おたのもうします」。花街言葉が喋れへんうちは、この繰り返しどした。
挨拶の言葉はほかにもいろいろあります。お客さんが見えはった時の「おいでやす」や「おかえりやす」。朝は「おはようさんどす」、夜は「おやすみやす」。「こんにちは」は「こんにちは」のままなんどす。家に帰ってきたら「ただいまどす」、いってらっしゃいは「いっといでやす」。

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最初のうちは恥ずかしい面があったんどすね。「おおきに」はまだ言いやすおしたけど、「いっといでやす」でもなんか恥ずかしいような気がして、どすの部分を小さい声で言ってしまったり。もう慣れてそんなことないのどすけど。
今は反対に敬語を「〜です」ていうのが難しいどす。花街言葉の方が使いやすいどすね。それと皆さんご存知の「〜どす」は、「〜です」の代わりで敬語としてつこうてます。せやし、舞妓さんと喋る時は「どす」は使わしまへん。だけど目上の方には敬語の感覚で絶対につけます。

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出立ての頃で一番びっくりしたのが、ねえさんのお手伝いさせてもうた時に言われた「はばかりさん」。はばかりさんていうのはそれまでお手洗いの意味でしか知らなかったんどす。なんで突然お手洗いの事言わはんのかなて驚きました。
最初のうちは、ねえさんに教えてもうたことを覚えるのに必死で、意味を聞くまでの余裕がありまへんどした。お手伝いさせてもうた時にいつも言わはるさかいに、「お世話さん」とか「ありがとう」って意味も含まれた言葉なんやなって後で分かりました。うちらはあんまり使わしまへんけど、ねえさん方になるとそういう言葉を使わはる方もいはります。

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たくさんていう意味で使う、「たんと」も分かりまへんどした。ご飯食べてる時「たんとお食べや」って言わはって、どういう意味やろと。ほかにも驚いたのが、なんでも"お"をつけて喋りなさいって言われて、鯛のことを"お鯛さん"って言わはる。つけた事ないようなものにもつけなあかんふうに言われて、お箸とかは普通につけてたんどすけど、最初はなんでもつけたらいいと思って、いろいろ"お"をつけて喋りすぎて笑われました。意識して使うと余計におかしくなんのどすね。

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この世界の言葉どすけど、「お茶をひく」ってあります。「今日はお茶をひいたな」て言わはって、最初は分からへんかったんどすけど、その日お仕事が入らへんかったことをそういう風に言うのどす。舞妓さんは、お仕事が入らへんかっても、白粉をちゃんと塗ってお着物着てずっとお家で待ってなあかんのどすね。最初の頃っていうのは、お客さんもまだそんなに馴染みがなかったりすると、一日入らへん日とかありまっしゃんか。その時に縁起が悪いというので「お茶をひく」っていうふうに。その時は「一日お茶をひいて」とか「おぶを
ひいて」て言われて怒られるのどすねん。うちらのところではお茶のことをおぶっていうのどすね。だからお茶のお稽古のことを、おぶのお稽古とも言います。今はだんだんそういう言葉はなくってきたんどすけど。

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「郭(くるわ)」も花街で使う言葉。あちらの郭とか言わはったら、うちとこと違う地域。うちとこは祇園東っていう郭なんどす。少し南に行ったら祇園甲部さん、ほかにも宮川町さん、先斗町さん、上七軒さん。全部合わせたら5つの郭があるって言うたら、お客さんは「えっ郭って何?」て聞かはる時があります。郭によって、踊り方とかや流派が全部違うのどすね。せやし一緒に踊ることはあんまりなくて、年に1回、6月の五花街合同公演で一緒に踊るくらい。流派が違うさかいに、同じ曲でも全然違う動きになるのんどす。
「祇園甲部」
おそらく京都花街の舞妓芸妓の数から言っても代表各でしょう。大石蔵之助が遊んだという一力茶屋もここにある。八坂神社の近くにあり、四条よりも南にある。

「先斗町」
は祇園から西に行き、鴨川をわたってすぐのところにある細い通りです。これと平行して学生や若いサラリーマンが集まる街、木屋町通りがすぐそばにある。祇園についで有名な花街でしょう。

「宮川町」
は祇園よりも南にあり、人数でも他の追随を許さず、新しい考え方の御茶屋さんの元、多くの方々に指示されている。

「上七軒」ここが五花街のなかでも最も古く、由緒格式が高いとされている。北野天満宮の近くにあり、西陣の旦那衆が盛んなころは、華やかな時期もあったが、和装の衰退とともに寂しい時を経、現在では新しい舞妓、芸妓も大勢入り徐々に活気を取り戻そうとしている。

「祇園東」
祇園東は、祇園甲部に対し祇園乙部といわれることもあるが、それは歴史上はもともと祇園の一部だったことに由来する。

※ここに、あるコメントは、あくまでも私見とおとりください、個々のお考えで違った捕らえ方で誤解されないようにお願いいたします。